#21 歌手

昨日の日曜日、私の住む町では〈街道祭り〉なるものが催されていた。
旧長崎街道の宿場町だったということで、ブラスバンドを先頭に、〈参覲交代〉というプラカードを持った、大名やら家来の侍やらが町のメインストリートを行進していた。 そのまま江戸へ行くのだろうと思ったが、そんなこともなく、ただ市内をウロウロしていた。
秋晴れの午後、私は窓からそんな賑わいをぼんやり眺めていた。
因みに家老に扮していたのは電気屋のオヤジだった。

行進のあと、歌謡ショーが始まった。
といっても、アーケードのなかでやっているらしく、様子は見えない。声だけが聞こえてくる。

「◯◯レコードの専属歌手、◯◯でーすっ、みなさん、こんにちわーっ」

と三十代前半くらいかと思われる声で女性歌手が言っている。
こんにちわぁ、と数人の淋しい反応がある。
アーケード内の広場にパイプ椅子を並べただけの会場が私に想像され、そしてそこに座る観客が数えるほどの人数であることも、その淋しい反応から伺い知れた。

「それでは、私のデビュー曲、◯◯酒場、きいてください!」
歌手は言い、◯◯酒場のイントロがはじまる。
私は窓辺の机に頬杖をついて、ぼんやりと、◯◯酒場をきいた。

やがて歌がおわり、パチパチと疎らな拍手が聞こえ、
「ありがとうございますっ、ありがとうございますっ」と歌手はそれに応えていた。

そんな様子を耳にしながら、思い出す風景があった。

その昔、私も同じようなことをしていた。
二十一歳の私は某レコード会社の歌手であり、三十代半ばのマネージャーと、デビュー曲をかかえて全国を旅していた。
土地土地の地元のラジオにゲスト出演させて貰ったり、合わせてブッキングした会場でライブをやったり、そんなプロモーションをつづけていた。

あれは、仙台だったろうか。
ショッピングモールに常設してあるサテライトスタジオでライブをやったことがある。
私の場合、演歌ではなく、当時でいう所のニューミュージックというやつで、自分でつくった歌をギターを弾きながら歌う、というスタイルの音楽をやっていた。 その日、サテライトスタジオの客は十二人だった。
数えたマネージャーが、あとで私にそう言った。
その十二人も、べつに私の歌が聴きたくてそこに居るわけではなく、買い物帰りの人や、近くで飲食した人などが、ただなんとなく居る感じだった。 新人のプロモーションなど、そんなものである。
私はべつに抵抗もなく歌った。十二人のうち一人でも私の歌に興味を持ってくれれば、それでいいのである。
だが、マネージャーは違ったようだった。

「なんだよ、百人は集めます、とか言いやがって、十二人かよ」
ライブ後に夕食をとっていた食堂で、マネージャーは苦々しげに言った。
「カネだけ取りやがって、何にもやってねえじゃねーか」地元のプロモーターにそう毒づきながら、ビールを何杯も、あおっていた。

空腹だった私は定食か何かを食べていたと思う。
その私に、マネージャーは、「歌いにくかったろ?」と尋ね、「…十二人はねえよな」と頭をかかえるように呟いた。
マネージャーとして、自分の責任のように感じていたのだろう、空のコップにビールを注ぎながら、
「ツジウチ、すまなかったな」私を見ないで、そんなことを言った。

〈街道祭り〉の歌謡ショーを聞きながら、遠い日のそんな場面を思い出していた。

酒好きで、喧嘩っ早くて、小石川生まれの江戸っ子だった金子さん、

二人で街から街へ、いろんな旅をしましたね。

元気でやってますか。

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