#27 マイウェイ

三十代の頃、新橋の酒場でバイトをしたことがある。
友人の叔母さんがやっていた店で、この叔母さんには本当に良くして貰った。
新橋という場所柄、客層は殆んどがサラリーマンで、どの人も、そこそこの企業に勤めている人達のように思われた。
この人達が、必ずと言っていいほどカラオケで歌うのが、フランク・シナトラのマイウェイだった。

酒に上気した顔で、ネクタイを緩め、ヘッタクソに歌うマイウェイを聞きながら、私は内心、ケッ、と思いながらも、歌が終わると、一応、パチパチとおざなりの拍手を送ったりしていた。 これも時給のうち、そう思いながら。

いま自分が六十を過ぎて、あの時のオジサン逹の気持ちが、なんとなくわかる気がする。

シナトラのような華麗な人生だけがマイウェイではない。
市井の、名もない、その他大勢の一人一人にも、その人だけのマイウェイがあるのだ、と。

会社勤めの経験がないので、サラリーマンの世界はよく知らないが、同期に入社した者が先に出世したり、不本意な異動があったり、上司に理不尽に叱責されたり、なんやかんやあるのだろう。 そんな、なんやかんやのなかで、ローンを組み、家を建て、家族を守り、毎日何時間もかけて、会社へ通う。

どこぞで滝に打たれている坊主などより、よほどの苦行かと思う。

そんな人達が、ひととき、マイクを握り、歌のなかに自分の人生を映し、三分ほどの夢を見る。

三十年前、新橋の片隅でマイウェイを歌うオジサン逹に、もっと拍手をすればよかったと、いま、思ったりするのである。