御田祭 平安時代より約1000年続く日本伝統の田植えの神事(宮崎県美郷町西郷区田代)4K

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御田祭のお田植え神事です。(宮崎県東臼杵郡美郷町西郷区田代)旧西郷村
撮影日 2018年7月1日(日)

平安時代から約1000年続いている、お田植えの神事です。すぐ横に田代神社がありその前の神田になります。

田代神社の主祭神は、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)
山幸彦で知られる祭神です。

また、この牛馬入れや田植えの神事を見ると無病息災になると言い伝えられています。
 動画でも皆さんのご健康とご多幸をお祈りして作成を致しましたヽ(^o^)

★注:動画テロップ内での美里町の表記は間違いで、正しくは美郷町です。
お詫びして訂正を致します、申し訳ありませんでした。m(_ _)m

ドローン空撮4K★お釈迦様と桜★本物の仏舎利塔パワースポット(宮崎県日向市櫛の山)お釈迦様の誕生日 4月8日花祭りの日

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昨年の2017年4月8日夕方、200本の桜(ソメイヨシノ)が咲き誇る宮崎県日向市 櫛の山「仏舎利塔」に行ってきました。ドローン空撮4K高画質動画。
 先ほど調べたら偶然にも4月8日はお釈迦様の誕生日(花祭り)でした、何か不思議に引き寄せられたように撮影に向かった気がします。やはり何かパワーを感じます(^O^)
 お釈迦様(おしゃかさま)の数少ない本物の御骨が祀られているのですが、知る人は多くありません。
ドローン空撮で初めてお釈迦様のご尊顔を拝見する事が出来ました。
塔の高い位置に鎮座されているのでここまで近くで見る事は出来ません。
安らかなるお釈迦様のご尊顔と鎮座する蓮の花がはっきりと伺えました。
 この大輪の蓮の台座も意味があり、清らかなる水では蓮は大きな花にはならず、濁った泥の中で大輪の花を咲かせる事から、艱難辛苦の泥の中から大輪の花を咲かすというお釈迦様の教えの意味もあるそうです。
 皆さんも私もそれを信じて、泥水を飲んでもそれを栄養として頑張って花開かせましょう。

 皆さんのご健康とご多幸をお祈りして空撮を致しました。日向市「仏舎利塔」をまだ知らない方も
国道10号線から海側に向けて車で5分も掛かりませんので、一度立寄ってみてはどうでしょうか。
 公園ですので子供のアスレチック広場もあり、99mの山の頂上にありますので太平洋や日向市が一望できますよ。

そして、★本物のお釈迦様に会いに来てください。安らかな癒しのパワースポットです。
遠くから祈願に見えられる方も数多くいます、宗教施設のような感じではなく憩いの公園ですので
観光がてら参拝すれば、どこの神社仏閣の祈願巡りよりも悟りの崇高なる旅となるでしょう。
無料駐車場とトイレ・飲料水自販機・公衆電話もあります。

↓宮崎県日向市 櫛の山「仏舎利塔」へのグーグルマップリンク(場所の詳細・地図や現在地からの交通機関でのルート案内、航空写真・ストリートビューあり)
 https://goo.gl/5i50vv

◆宮崎県日向市のお釈迦さまの仏舎利(遺骨)についてはインド国の故ネール首相と日本国の外交的な贈与であり歴史的に公文書等で証明されている日本に贈られた10粒【戦後広島に贈られたものを含む】です。
 日向市の仏舎利も偽物だと間違った情報がありましたので、正確な歴史の経緯を記述させて頂きました。

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★この仏舎利塔には、昭和29年(1954年)熊本に日本最初の仏舎利塔が完成の際に、日本の平和国家建設を祈念して、
インドの故 ネール主相より贈(おく)られた御仏舎利(お釈迦様(おしゃかさま)の本物の御骨)の一部が祀(まつ)られてあります。
そしてこの仏舎利塔は、お釈迦様の大慈大悲の法雨(仏法が衆生をあまねく教化するのを万物を潤(うるお)す雨にたとえた語です。)を、
一切衆生にそそぎ潤(うるお)し、以(も)って戦争のない人類の平和と調和とを祈願して、積み重ねる石の一つ一つに、
大願の成就(じょうじゅ)を念じつつ築(きず)き上げて建立(こんりゅう)したものであります。
なお、この工事は、一人の尼僧(にそう)(日知屋にある日本山妙法寺の住職だった石元妙眼(みょうげん、俗名はツル子))の
責任において施工(せこう)、精進努力の3250日、9年間の歳月(さいげつ)を要して竣工(しゅんこう、工事が完了し出来上がる事。)致しました。
 ちなみに、塔身は鉄筋コンクリート、石積み、塔の高さ30m、直径28m、設計は工学博士 大岡実 氏、施工は日本山妙法寺 並(なら)びに四衆、
起工式 昭和36年(1961年)9月9日、落慶法要 昭和45年(1970年)8月12日、補強工事 昭和55年(1980年)10月でありました。
 願わくはこの功徳(くどく)を以(も)って、あまねく一切に及(およ)ぼし、我等と衆生とみなともに仏道を成せん 文 合掌 (がっしょう)
日向仏舎利塔

■建設への経緯(全国の仏舎利塔の中でも巨大な構造物です)
日向仏舎利塔は高さ30m、直径28mで、正面に転法輪像、左側面に誕生像、右側面に涅槃像(ねはんぞう)、背面に合掌(がっしょう)像の釈迦像があります。
日向仏舎利塔は日知屋の日本山妙法寺(櫛ノ山の登り口近くの大きな石塔(南無妙法蓮華経と彫 (ほ)ってあります。)があるところのすぐ奥にあります。)の住職
石元妙眼(みょうげん、俗名はツル子)は平和を祈願(きがん)して信徒らと共に、鍬(くわ)、ツルハシなどで山を切り開きました。
 ハンマーで鉄骨を曲げ、コンクリートを練(ね)って高さ30m、直径28mの仏舎利塔を造りました。石元さんは美郷町 南郷区の出身です。 代用教員をしていましたが、出家し、日本山妙法寺の開祖である熊本県出身の藤井日達 上人の導きで、昭和36年に仏舎利塔の建設を始めました。
 作業は手作業も多かったそうです。尼(あま)さんも作業服を着て先頭に立って働きました。
資金難などにもあいながらも着工から9年後の昭和45年に完成しました。石元さんは2011年11月に86歳で亡くなりました。
地域の為に頑張られた先人たちによってこの仏舎利塔は佇んでいます。